後から辛くなる

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この記事は6月27日に書かれたものだが、当時カウンターが回りすぎて怖いのでいったん非公開とし、7月19日早朝に一部を再編集し、再公開したものである。

ついこの間一緒に酒を飲んだ知り合いが事件に巻き込まれて急に亡くなった。


例の事件(ブロガー刺◯とかIT講師刺◯とか言われているやつ)です。

ネットではF・F先生なんかも頻繁に飲んでいたようだが、僕もたまたま近い時期、(旧知のO君が来るけどどう、好きそうでしょ)みたいな感じで知り合いの元ネットアングラ系編、歌舞伎町住人に誘われて飲みにいった。
O君とは浅いなりに15-6年くらいの付き合いがある(けどかかわったのは3回くらい)。

新大久保駅に現れた彼と、もう1人の誘い主の人は先に(華僑服務社集合)となっていて、そのあとに入ったお店は、僕のセレクトで胡家小館 張亮麻辣湯(大久保店)だった。今考えるともう少しセレクトを考えてあげたほうがよかったかもしれないが、ネパールでもないしなと思ってここにした。奥に入らなかったのでガス台がないのか麻辣湯は食べられなかったが、中国感は非常に強いお店(こちらの意思がままならない、そしてそこそこには美味しい)。それなりには楽しんでもらえたのではないだろうか。同行した人は非常に面白い話を彼にしていたし。

彼は今後の展望から現在のネット収入まで洗いざらいしゃべってくれた。また、多分今の仕事から今後の生活を大きく変えようと考えていた真っ先だったのだろうが、だから本来は第二人格的な、本来つなげないはずのネットサイドの名前で露出を増やしていた。まさかその2ヶ月後くらい後に全てが断ち切られてしまうとは。

こう書いていても体が抵抗してくる。ですが、やはり地味に記録は残しておくべきだと思うのでとりあえずポストだけします。

浅い縁ではあるが2000年代前半から面識があったので、多少なりとも動揺はあります。その日に交換したLINEも事件後何度か見返してしまいました。そして事件後は、誰よりも彼の名とハンドルで検索をしていると思う。

1つだけ気になるのはネットでは我が物顔で善的な立場で追悼している人がいますが、あの人とO君は揉め事があったのが出会いなはず。少し前は仲がよかったのだろうか? 故人相手だけに相手が何を言っていてもそれが事実かはわかりません。ある意味では、無言の相手に対して礼儀をわきまえているとも言えるのですが、あのような芸的な数多い記事投下は割り引いて考えたほうがいいと思いました。
そもそも飲む約束にしても「親睦」というよりは、彼は当時、夏以降の展開に際して、興味のある人に会いに行っていたようですし。

まさかO君も予定を組んだ福岡のご実家近くの講演の場所でそんな目に合わされるとはまったく考えていなかったでしょうが(講演も今後やりたいことで暮らしていくためのものでもあったと思います)、そのわずか68日くらい前に、僕の眼の前の席、距離にして60センチくらいの位置に突然現れた理由をいろいろと考えてしまいます。偶然でしかないのでしょうが。僕の人生もわりと見えてきてしまっている昨今ですが、あの事件は僕の中では東日本大震災に匹敵するパラダイムシフトとなる出来事でした。まだそれが何という言葉にはできませんが。眼の前で知り合いが軟禁されようが、テレビニュースに知り合いが逮捕で出ようが、朝1のNHKサイトで上の人の面倒な出来事を知ろうが、どんな事件があっても驚かない僕ですが、じわじわとこの事件だけは翌日から来ました。意識として、必ずなにかしら変わっていくと思います。たぶんまず働き方が変わるでしょう。だって目の前の人が68日しか未来がなかったんですよ。今のままいる場合か。

いま思うと当日の写真はすぐにLINEで送るべきでした。僕のスマホの中には中華の食材をよそう彼の写真が2つほど残っていますし、彼との僅かなLINE登録のやり取りも残っています(マスには絶対に出しませんし出せるほどのネタはない)。残存した携帯はきっと契約を切る可能性も高いでしょうし、もし間に合っても遺族が見ることになるんでしょうが、回線契約が残っていたら、落ち着いた頃に送るつもりです。しかし、死というものは予想外にも身近なところにあるのですね。
トイレに行くたびに(特に現場がそうだし)、寝る前に、ニュースで顔が大写しになるたびに考えてしまいます。

そしてネットのアンダーグラウンドというのは終わっていくのだなとも。
ショッキングな話題でしたが、共有は本意ではないのでしないでいいです。そしてネットで嫌だなと思ったのは広告べったりな媒体にみんな彼の記事書いてるとこだよなと思ったのだが、ついここに書いてしまったら広告外せない(Wordpressならテーマによっては特定投稿だけ広告外すことができるがgoogleBloggerには当然ながらそういう機能はない)のは失敗だったな…。
そんなことはともかくとして、彼に、明日が来てほしかった。はあちゅうの事実婚にも、大手小町ウォッチャーでもある視点からも一言言っていただきたかったところ。「はあちゅうファンクラブ会長」というサブ肩書も書かれているの名刺が、いまも僕の机の右側にある。

50代のおっさんです。