セールスを著者に一存するな

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セールス・プロモーションというのは著者と作り上げていくのはよいのだが、著者に一存するものではないのだ。どこのどれ、あれこれとは言えないのだが、毎度在庫を切らして、それにも関わらず品切れを自慢する体質は傍から見ていると大変恥ずかしいと思うし機会損失ではないか。それをWebで著者に各書店まで誘導させるというのはどうか。まあ他人事だからいいんだけど、どの会社においてもいままでの分析というものとか、ちゃんと考えた展開をきっちりとしないと未来が見えなくなってくるのではないかと思う。

僕がそういう仕事するときは自費でいつもアドワーズとか、広告打ってますよ。自費という時点でおかしいんだけどね。なんで自費でなんでも作んなきゃなんないの? という愚痴はさておき。

しかしブログを整理していたら既に2年分の1700本以上の情報の蓄積があって、紙メディアだと宝島社の「このブログがすごい2006」やソフトバンクの「Yahoo! InternetGuide」誌などに紹介されて一定の評価を得ているとも言える訳だが(書くの2度目)、ノーギャランティが多い。ギャラあり、も地域風俗系のネットメディアとかから低額ギャラを前提に仕事依頼も来るが、低額なら連載してる時間に寝ていたほうが幸せだ。まあ前述の2誌も素直に選ばれるのはうれしいけど、ソフトバンクなんか、掲載雑誌1つ送ってくるお金もないようなのでかなりトホホで(書くの2度目)、電話機の1つでもスーパーボーナスという変な割賦契約さえなければ買ってあげてもいいくらいの気持ちになってしまった。

いずれにしても紙メディアも問題あるし、ネットメディアもまだまだ整備されてない、ちょうど岐路みたいな状態ではありますね、今は。いや、ブログ業界には無駄が多く、どちらかというと選ばれる喜びがないというか。

話がまとまらないが、要はメディア側の驕りでだらだらと著者に負担をかけるのではなく、著者には幸せを与えてほしいということですね。ああ、「誰」といえないのがもどかしい。

たとえばテレビでも五大局の取材であれば、無償であっても内容が極端に曲げられなくてPRになるなら大概の人は断らないというのはあるが、同じ五大局系列でもBSデジタルの取材なんて、誰も見てないし同人誌みたいなもんだと思ってるでしょう。そんな感じで出版も、サイトも「名前でなんとかなってる」ということに頼って、相手に無理を強いていて努力を怠っていては、メディアが変わっていくといずれダメになるんじゃないかな(たとえば有名雑誌がWebになっても、広告以外での効果はあまり見込めないということ)。

さて、最近某所で身内がレシピ・コンテストに入賞したため、それを食べに行った。まあ小さい幸せだけどとても良いことだと思う。

選ばれることというのはある意味では幸福を運んでくるもの、であってほしい。

50代のおっさんです。 tx(urashinjuku)のプロフィールはこちらを参照。